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大隅神社

(おおすみじんじゃ)

御祭神

大己貴命

(おおなむちのみこと)

小彦名命

(すくなひこなのみこと)

氏子町内

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大隅神社の紹介

 大隅神社は、和銅年間以前より祀られた古社で、この地の山澤、原野を開拓し國造りの化身と崇められた信仰無類の『豊手』という異人が出雲國日隅宮(今の出雲大社)を勧請し、大隅宮と称したのが鎮座の起源と伝えられています。
 当社の縁起・古證文等は、天文年中尼子晴久乱の折、又永禄年中凶徒の災によって紛失したとの事ですが、宇喜多直家当国領主の時には短剣・銅脛巾・筒丸を奉納したと伝えられております。
 元の社は、現在地の東600mの地に祀られていましたが、森 忠政公が美作国主として鶴山に築城し、城下町が形成されてきた元和六年(西暦1620年)三月に現在地に遷されて以来、大橋以東の産土神として崇敬されております。
 当社は、津山城鬼門守護として代々国主からの崇敬厚く、社領の寄進、社殿の造営・修理が行なわれておりました。現在の御本殿は貞享三年(西暦1686)に再建されたものであります。

住所:津山市上之町78




■津山まつり『大隅神社まつり』の紹介

《開催日》
 10月第3日曜日【前日土曜日夕方から夜に掛けては宵まつりです】

《内容》
 大隅神社関係氏子町内会のだんじりは現在11臺ありますが、近年では表年・裏年とに分けており、表年には11臺全てが出動し、裏年には2〜4臺が出動しております。
 大隅神社まつりのだんじり出動は、宵まつりも統一巡行を行なう事となっているのが特徴です。自主巡行を終えた各だんじりが一旦各町内会の本部に戻り、夕刻から夜に掛けてを津山だんじりが勢揃いし、旧出雲街道を練り進む様は風情が感じられて中々の見物です。
 本まつりでは、宵まつりと同様のだんじり巡行路を全11臺が連なって練り進み、津山城の下(津山観光センター)で休憩した後、催し会場である‘イーストランド駐車場’を目指します。
 催し会場に全11臺が集合し、記念式典及びまつりに華を添える演目を披露した後、残る後半のだんじり巡行路を練り進む事となりますが、川崎地区のだんじりのみ津山中央病院の下まで巡行した後、各だんじりはそれぞれの町内会本部に到着次第、統一巡行が終了となります。
 平成22年度は大隅神社大神輿が文化庁補助事業『ふるさと文化再興事業』の採択を受け、創建以来初の本格修繕を施した事もあり、18年振りに担いでの御巡幸となりましたので、大層な盛り上がりとなりました。
 皆様、是非とも津山まつり『大隅神社まつり』開催日には美作国・津山市に足をお運びいただき、実感・体感していただければと思います。
 秋には皆様とお会いできる事を楽しみにお待ちしております!

《大隅神社・石田博之宮司からのご説明》
 大隅神社の御神輿の御巡幸は寛永六年(西暦1629)より続けられています。御巡幸は神社を午後1時過ぎに出発し、上之町通りを西に進み、宮川に至り、宮川沿いに南へ進み、大橋より出雲街道を東に玉琳の御旅所まで御巡幸し、折り返し出雲街道を西に、洋学資料館の西を北(大隅通り)に入り、還幸となります。
 現在の御神輿は天保十三年(西暦1842)に製作されたもので、平成22年に修復し、往時の黄金の輝きが復活しました。大隅神社御神輿は中国地方ではこれほどの大型で均整のとれたものは珍しく、時代を代表するものではないかと云われております。

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